今日、全国の調査活動にご協力いただいた皆様に
プレゼン・台本・経過報告をお送りしました。
学校名等、勝手に出してすいません。よしなに。
ここからは、当時の、大阪府豊能郡豊津村立豊津尋常高等小学校
で1934年9月21日に起こった出来事です。まだ吹田市はなかったのです。
その日、朝は5m程度の風が吹く朝でした。
やがて風はきつくなり、傘は飛ばされてしまう程でした。
9月までは学校は8時に始まるので、みんなが登校した頃
一番強い風が吹き荒びました。なんと瞬間最大風速は
60m。時速にすると220キロです。新幹線並み~!
「講堂に逃げなさい~!」「外に出なさい~!」
という声もかき消されて、2階建ての木造校舎は
あっという間に倒壊しました。
51人の児童と2人の先生が犠牲に。
ところが3年担任の横山仁和子先生が3人を
1年生担任の吉岡藤子先生が5人の子どもを
身を挺して守ったんです。
そのことは大阪中で大被害あった中の奇跡として
全国に伝わりました。
以下は、この夏休みに調べた現時点での情報ですが、ご紹介します。
京都市右京区 大谷本廟 お寺の入り口
横山先生のレリーフ「師弟愛の碑」
1935年横山先生の一周忌に作成。
藤井浩佑氏の作品。
最初は「関西風水害罹災学童碑」と言った。
京都女子大学 正門入ってすぐにあります。
1983年4月、藤田義憲教授が退職記念
に寄贈。「師弟愛の碑」複製。
まず、一人目のヒロイン 横山仁和子先生。
香川県丸亀出身。
京女大の前身の京都女子高等専門学校
で教員免許を取得。
山田第一小へ赴任。その後、うちの学校へ転勤。
たった21日後に被災。悲しいです。
この絵画は豊津駅前の和菓子屋「ばってんや」
の先代のおじいさんが白黒写真をもとに
描いてくれた。うまい!
左のイラストは本校6年生の児童の作品。すごい!
もう一人のヒロインは!
吉岡 藤子先生。
ニュースは全国に伝わり、映画、ドラマ、芝居
浪曲、レコードになりました。「あぁ吉岡訓導!」
出身は山口県宇部
母校の宇部市立厚南小学校の校庭には
石碑が。よく見たら5人の子どもが。
山口博物館の前には立派な銅像もあったそうです。
戦争で供出。今はありません。
日本各地に彫刻家 保田 龍門氏の作品が。
神奈川県平塚市の平園クリニックさんに。
和歌山県紀の川市立竜門小学校の校長室に。
同じレリーフが。
大阪の箕面市立箕面小学校には石膏の立体像が。
これは龍門さんの立体作品としては貴重です。
「いい仕事したはります。大事にされることです。ハイ!」
もちろん本校にも龍門氏のサイン入りで
石膏レリーフがあります。大事にします。
本校のお話は伝わりましたか?
室戸台風による被害は大きな悲劇でしたが、
26歳と28歳の若い女性先生の偉業として
今でも各地にレリーフが残っていることに
ビックリしました。
彼女たちは今も、本校の児童1080人の
安全を守ってくれていると思います。
また、コロナ禍で思い通りに出来ない
窮屈な学校教育活動を、文句も言わず
必死のパッチで日々がんばる現在の本校の先生たちの姿は
彼女たちに重なります。
9月の1週目は毎日、朝から夕方まで休憩なしで
がんばってくれました。不安や心配もあったと
思いますが、この先生たちの Spirits は
87年前と本当に同じです。「すべてはこどもたちのために!」
夏休みから取り組んできた「ふたりのヒロイン伝説2021」
はこれにて終わります。ご精読ありがとうございました。
なお、校門入ってすぐ左の通路の展示は休日、土日に
観てもらえるように開放しています。26日まで。