9月9日(水)
大きい客船は海に浮くのに、小さなビー玉は水に沈む。 当たり前のようでいて、よく考えると不思議な話です。
今日は3年生理科「水中の物体に働く力」の授業を参観し、その謎に迫りました。


使うのは粘土。同じ重さの粘土を好きな形に変えて、水に浮くかどうかを確かめていきます。 実験が始まる前は、「船みたいな形じゃないと無理じゃない?」「まずは、丸(球)でやってみよう」と予想が飛び交います。
しかし、いざ始めてみると様子がおかしい。「あれ?」「これも浮くぞ」「こっちも浮く」「どんな形でも沈まないじゃないか」「結局、重さでしょ」。ハート型、星型、キューブ型、人型。まるで粘土作品展示会のような状態ですが、3年生の目は作品づくりではなく、その結果に釘付けです。
さらに面白かったのは、実験結果を前にしたつぶやきです。「これは浮いているのかな」「底についたら沈んでいることになるのかな」「一部が水の中に入っているけど、これってどうなんだろう」。 理科室中に問いが転がっています。結果に集中し、頭の位置がどんどん近づきます。 どのグループでも自然と役割が生まれます。水を入れる人、粘土を成形する人、観察する人、記録する人。 そして何より、一人一人が "考える人" になっていました。


そんな3年生の学びを支えていたのが担当の先生の声かけです。 「どうしてだろうね」「もう少し試してみようか」。先生は結論を教えません。 むしろ答えから少し遠ざけます。しかし、そのおかげで子どもたちは自分から歩き始めます。 学びを前へ進める魔法のような問いかけが、あちらこちらで生まれていました。 教えるのではなく、考えたくさせる。まさに学びへの伴走です。
やがて生徒のみなさんは、形は違っても、水に入れた物体には何か上向きの力が働いているらしいというところまでたどり着きました。今日の授業で見つけた最大の発見です。しかも、その発見は先生が説明したからではありません。自分たちで試し、自分たちで悩み、自分たちでたどり着いた発見ですから価値があります。

欲を言えば、最初に先生が提示した「大きな船は浮く」、その核心にもう一歩迫りたい気持ちもあります。「小さなビー玉は沈むのに・・・納得できますか?」 逆向きの問いでもいいかもしれません。「直方体を水面から1cmだけ出すようにするには?」といった問いまで進めば、謎解きはさらに深くなったかもしれません。
しかし、それは次への宿題。 すべてを解決する授業ではなく、「続きが気になる授業」、学びの連続ドラマです。 その証拠に、チャイムが鳴っても学びは終わりませんでした。授業後も残った理科室に残った何人かの生徒がペットボトルを水中に押し込んだときの話をしています。「なぜ上がってくるのか」「その後、横向きに倒れて浮かぶ」「横向きになるときはどんな力が働いているんだろう」と議論を続けています。 本来なら授業終了です。しかし彼らの頭の中では、まだ授業が続いていました。 問いに夢中になる姿ほど美しいものはありません。先生の仕掛けと、生徒たちの知的好奇心が見事にかみ合ったからこそ生まれた光景です。

理科室を後にしながら、「浮く力」について学んだ授業だったはずなのに、私の心にはこんなセリフが浮かんできました。
「良い学びとは、チャイムでは沈まない。 浮かび上がった問いは、その後もしばらく、心の中を漂い続ける。」 (決まりました!!ドラマならここで主題歌が流れ始めます。)
余韻を残してくれた、3年生理科の時間でした。
校長 大江健規
