7月24日(金)
昨日まで、ブログの主役は、グラウンドや体育館にあふれる汗と歓声だった。
しかし今日の校舎には、また別の熱が満ちていた。
今日は、工事の音もほとんど聞こえない。
静かな廊下を歩いていると、上の階から様々な楽器の音色が降りてくる。吹奏楽部だ。
コンテストへ向けた秘密特訓中。合奏前のパート別練習である。
フルートの澄んだ響き。金管楽器の伸びやかな音色。打楽器が刻むリズム。
それぞれが独立しているようでいて、不思議と校舎全体を一つの音楽空間へと変えていく。
吹奏楽部のみなさんは演奏者である前に、音を素材に表現するアーティストだ。
聴く人の心を動かす数分間のために、自らの感覚を研ぎ澄ましながら音を磨き続けている。


(校務員さんの力も借りて‥‥極秘作業)
そんな心地よいBGMに包まれながら、灼熱の廊下を歩いていると、美術室からふと人の気配がした。
恐る恐るのぞいてみる。そこには20名ほどの若きアーティストたち。
エプロン姿でキャンバスと向き合い、手には筆。
果物や彫像、そして謎のマスクが置かれた机を囲みながら、油絵制作に取り組んでいた。


驚いたのは、その静けさである。テスト中とも違う。自習の時間とも違う。
張りつめているのに窮屈ではない。むしろ、創造の空気が部屋いっぱいに満ちている。
約20人が同じ空間にいる。にもかかわらず、不思議なことに誰かの存在が気にならない。
それぞれが繭に包まれているかのように、自分だけの世界に入り込んでいる。
視線はキャンバスへ。意識は色彩へ。同じ教室にいながら、一人ひとりが別々の旅をしているようだった。
美術室全体は静かだったが、その内側では濃密な対話が続いていた。
モチーフとの対話。色との対話。そして自分自身との対話である。
近づいて作品を眺めると、さらに興味深いことに気づく。多くの部員がパレットを使っていない。
よりキャンバス上で輝く色を探すためだろうか。筆先で色を重ね、混ぜ、確かめながら、
そのまま画面の中で色を育てている。
完成図が最初から見えているわけではない。
描きながら発見し、描きながら迷い、描きながら作品と対話する。
その姿は、まさに表現者そのものだった。
思わず取材を始めたものの、あまりの集中ぶりに声をかけることをためらった。
「校長先生、気が散るのでやめてください。」そう言われてもおかしくない雰囲気である(笑)。
そして気づいた。吹奏楽部の音色が、美術室をやわらかく包み込んでいることに。
音楽が流れる中で絵筆が動く。偶然なのか必然なのか。
だが、そこには確かに芸術家どうしにしかわからない共鳴があった。
音を追究する者たちと、色を追究する者たち。表現の方法は違っても、
よりよい作品を生み出したいという願いは同じである。
油絵とは不思議なものだ。同じ果物を見ていても、同じ彫像を見ていても、
完成する作品は一人ひとり異なる。
描いているのは対象でありながら、そこには描き手自身のものの見方や感じ方が映し出される。
今後展示の機会もあるそうだ。
若きアーティストたちが、この夏に積み重ねた時間がどのような作品として結実するのか、
今から楽しみでならない。
スポーツの熱気は、遠くからでも伝わってくる。一方で芸術の熱気は静かだ。
しかし、その静けさの奥に秘められたエネルギーは決して小さくない。
歓声のない場所にも、本気はある。今日の校舎で出会った二つの芸術。
音を奏でる吹奏楽部。色を描く美術部。
いや、彼らはきっと互いに少し違う表現をしているだけなのだろう。
音を描くアーティストたちと、色を奏でるアーティストたち。
夏休みの学校には、こんな上質な熱気も流れている。
校長 大江健規