7月8日(水)
「校長先生、挑戦したい授業があるんですけど、観に来ませんか?」
そんなうれしいお誘いに導かれるようにして、1年生の国語の授業を参観しました。

教材は、向田邦子さんの名作『字のない葉書』です。 戦時中、疎開する幼い妹に父親が持たせたたくさんの葉書。妹は無事を知らせるため、元気なうちは葉書に大きな丸を書いて送り返します。しかし、送られてくる丸は次第に小さくなり、やがて葉書は届かなくなります。そのことを誰よりも心配しながらも気丈に振る舞う父。向田さんが家族との思い出を回想した名作です。
さて、この日の授業のテーマは、単なる内容理解ではありません。
「父の人物像に迫る」
作品を読み解く中で、生徒のみなさんは「本当に父は優しい人なのか」「良い父なのか、悪い父なのか」など、自分なりの問いを立てます。そして、その問いに対する仮説を組み立て、クラスメイトに伝えながら考えを深めていきました。
ここで用いられていたのが、「フォークダンストーク」という学習形態です。 生徒のみなさんは円形に座り、向かい合った相手に自分の考えを伝えます。相手はその考えに質問したり、共感したり、別の見方を示したりします。そして一定時間が経つと席を移動し、また別の相手と語り合う。まさにフォークダンスのように、次々と相手を変えながら考えを交流していくのです。

参観していて感心したのは、生徒のみなさんの熱量です。 「なるほど!」 「それは考えてなかった。」 「私も同じだ。」 「でも、この場面を見ると違うかも。」 そんな言葉が自然に飛び交います。気付けば椅子から腰が浮き、相手との距離もぐっと近くなっています。学びに夢中になっていることが、その姿から伝わってきました。
もちろん、こうした学びは突然生まれるものではありません。問いの質を高める先生の課題設定の妙。適度な難易度で、思わず意見を交わしたくなる学習課題。そして、全員が参加しやすい学習形態。担当の先生の綿密な工夫があるからこそ、生徒のみなさんは安心して自分の考えを語り、仲間の考えに耳を傾けることができるのだと感じました。
さらに興味深かったのは、『字のない葉書』だけで判断するのではなく、向田邦子さんの他の作品に登場する父親像も参考にしながら考察を深めていたことです。 ある生徒には「不器用だけれど深い愛情をもつ父親」に見え、別の生徒には「厳格で頑固な父親」に見える。多様な見方が交流されるたびに、ぼんやりとしていた人物の輪郭が少しずつ鮮明になっていきます。まるで、みんなで一枚の肖像画を描き上げているようでした。

私はこうした授業を見るたびに思います。本当に価値のある学びとは、授業が終わった瞬間に終わるものではありません。家に帰って家族に話したくなる。 友達にもう一度語りたくなる。「今日の授業、面白かったんだ。」そんな言葉が自然にこぼれる学びこそ、「ほんものの学び」なのではないでしょうか。
そして、このような授業は国語の力を育てるだけではありません。相手の話を受け止める力。 自分の考えを整理して伝える力。 異なる意見を尊重する力。これからを生きるみなさんにとって、多様な価値観を受け入れるための力は欠かせません。
今日の1年生は、向田邦子さんが描いた人物を追いながら、実は自分たち自身の対話力も磨いていました。 一つの作品を通して「ひと」を考え、「ひと」と語り合う。そんな豊かな学びの時間でした。 (あの伝説の先生の呼び名がタイトルのテレビドラマ世代には、ちょっとエモい結びかもしれません。)
校長 大江健規
