昨年度末に実施した佐井寺中生へのアンケートで、「卒業までにつけたい力」として多くの佐井寺中生が挙げていたのは「人と関わる力」でした。 コミュニケーション、協力、思いやり、話す・聞く、そして信頼。どれも、人と人との間に温度を生む言葉です。 この力を培う場面は、行事など特別なイベントだけではなく、日常の中に静かに息づいていると感じました。
ある日、校長室前のテレビモニターが突然映らなくなるという出来事がありました。 原因は、ある佐井寺中生がうっかりチャンネルを変えようとしたからでした。チャンネルごとにいろいろな場面の画像が上映されると思っていたそうです。 思わずクスッとなるような、なんとも微笑ましい理由です。 設定を戻せば済むことなので、大したことではありませんし、「そんなこともあるだろうな」と想像のつく範囲の出来事です。 でも、その佐井寺中生は神妙な面持ちで校長室をノックし、「すいません」と正直に話してくれました。その誠実で素直な姿勢に心が温まりました。 「誠実とは、誰も見ていないときに正しいことをすること」という格言があります。 まさにその通りで、人と関わる力は、誰かに見られているからではなく、自分の中の誠実さから育つのだと感じました。
修学旅行の準備が進んでいた頃、3年生の実行委員が何度か校長室を訪ねてきてくれました。 インタビューやレクレーション用の音声を録るためでした。最初に声をかけてくれるところから、とても丁寧で、とても素敵な笑顔です。第一印象から好感を持ちました。 回答に悩んでいると「校長先生、思いついたことでいいですよ」と優しく声をかけてくれました。 「修学旅行に校長先生も来るのですか?」「何組のバスですか?」「私のクラスのバスに乗ってほしいなぁ」という言葉にも、なんとも言えない温かな気遣いを感じます。 人を思いやる言葉は、場を和ませる魔法のようです。 「校長先生、年齢より若く見えます」は、100点です(笑) 礼儀正しさの中に少しユーモアがひそんでいて、最高のバランスです。さずが3年生。
そして迎えた修学旅行当日。 バスの中では、あのとき録音したインタビューが流れ、実行委員の工夫が光るレクリエーションが続きました。 「みんなに楽しい気分になってほしい」という気持ちを実感し、胸が温かくなりました。 気遣いとは、相手の心にそっと手を添えることなのだと、あらためて感じました。
毎朝(ほぼ、毎朝)校門で佐井寺中のみなさんにあいさつをしています。 今年度は一緒に立ってくれる先生も増えて、とてもにぎやかな朝です。本校の大切な風景です。 眠い目をこすりながら登校してくる佐井寺中生も含めて、たくさんの生徒が「おはようございます!」とあいさつをしてくれます。 中には、ニコッと笑顔も添えて返してくれる生徒もいます。とても素敵です。 「先生!もうギリギリ?」と少しの会話も温かい場面です。 「笑顔のあいさつは心の扉を開く鍵」――1年生の廊下に掲示してある言葉です。
時折、授業の様子を廊下から見学するのですが、私に気づいた何人かが、授業のじゃまにならないように、視線を合わせてくれたり、小さく会釈をしてくれます。そしてすぐに授業に集中します。 私への気づかいと、授業への気づかい。佐井寺中で暮らす互いを尊重する気持ちがにじんでいました。 ほんの一瞬のやりとりですが、佐井寺中生への親しみと信頼が深まっていきました。 人と関わる力とは、言葉だけでなく、表情や所作からも語られるものだと思いました。
こうした日常の中で育まれていた「人と関わる力」。 正直であること、誠実であること、思いやりをもって接すること。 それらが積み重なって、社会の中で人とつながる力になります。
人と関わる力とは、結局「自分を開く勇気」と「相手を受け止める優しさ」。 その両方が、学校という小さな社会の中で、静かに育っていくのだと思います。
そして、そんな日常の風景こそが、学校の真髄なのかもしれません。 修学旅行を終えた今、あらためて佐井寺中生たちの誠実さと気遣いに、静かな感動を覚えています。

校長 大江健規
