学校だより第9号「漂泊の思ひやまず」の続きです
ご存知の方もおられるかもしれませんが、当時の一般的な急行車両は2人用ベンチシートを向か合わせた4人掛けのボックスとなっており、非常に窮屈で、夜行列車といってもゆっくり眠れるわけではありません。きのくに15号も同様で、少年が着席したボックスにおける他の3人は30歳前後の男性グループでした。列車が出発するとすぐに、私の向かいに座った男性が、「いくつ?」と話しかけてくれ、「中学1年生です。」と答えると「へぇ~、どこから来たの?」と、会話が続きました。
「吹田からです。」
「どこへ行くの?」
「新宮です。」
「新宮には親戚か誰かがいるの?」
「いえ、いません。」
「じゃあ何しに行くの?」
「海から昇る初日の出を見に行くんです。」
「へぇ~!」
と、どんどん話が進みました。
天王寺を出発して阪和線を1時間ほど走った急行は0:34、時刻表通り和歌山駅のホームに滑り込みました。男性3人組が「買い物に行くよ!」と私を誘ってくれたのですが、コンビニが一般化していない当時「こんな時刻に店が開いているのか?」と半信半疑で私はホームに降りたのです。そこで少年が見たのは、6分間の停車時間中、ホームの売店に群がる急行の乗客たちでした。缶コーヒーと菓子パンをおごってもらった少年は座席へ戻ると旧知の仲のように男性3人グループとのおしゃべりに夢中になっていました。聞くところによると、彼らは幼馴染で、新宮育ち。大阪での仕事を終えて、揃って帰省するところとのことでした。
和歌山駅を後にして、きのくに15号は、海南、箕島と停車しながら紀勢本線を南下していきます。話が一段落したところで、少年がバッグからトランプを取り出し、4人で大富豪ゲームが始まりました。そうなんです、今となっては不思議ですが、1人旅にも関わらず、何故か彼はバッグにトランプを忍ばせていたのです。夜中に中学生1人を相手に大富豪ゲームをしているグループが珍しいのか、通路を挟んで向かい側の席を占めていた20代後半と思しき女性4人グループがちらちらとこちらをうかがっています。そのうち、男性3人のうちの1人が女性グループに向けて「いっしょにトランプしませんか?」と声をかける始末。結局大人の男女7人プラス中学1年生男子1人の計8人での、誰一人眠らない深夜の大富豪ゲームとなりました。
(次回へ続きます)